研究内容の
紹介
人の営みによって生じた産物は最終的に水圏環境へ蓄積され,そこで多くの問題を生じさせます。水圏物質循環研究室では,水圏の環境問題は物質循環の歪みによって生じていると考え,水圏の物質循環の駆動者である一次生産者(藻類)と分解者(細菌)の動態ならびにそれらの水圏環境に対する機能と役割について研究を行っています。また,一次生産者と分解者に関わる生元素(炭素,窒素,リン,ケイ素)の動態,および,それら生元素循環に対する人為的影響を生物地球化学的・環境科学的に研究しています。以下に,現在進めている主な研究を紹介します。
光学的手法による植物プランクトン群集動態の解明
琵琶湖生態系を支える植物プランクトン群集の動態を光学的手法により調べています。光学的手法は,植物プランクトンの現存量,一次生産速度,群集構造を時空間的に高解像度で把握することができるため,琵琶湖における植物プランクトン群集の新たな動態像を示すことができると期待されています。
肉眼では直接観ることができないミクロサイズの植物プランクトンですが,琵琶湖生態系を支える重要な生物群です。
衛星リモートセンシングを利用した陸水域における植物プランクトン現存量(クロロフィルa濃度)の推定
人工衛星に搭載された水色センサーのデータを用いて,琵琶湖全域における植物プランクトン現存量(クロロフィルa濃度)の分布を調べています。植物プランクトンは宇宙からその動きを捉えることができる唯一の微生物です。つまり,これは,植物プランクトンの現存量は膨大であり,環境に与える影響はとても大きいことを示しています。本研究は,2012年から名古屋大学と共同して進めています。
琵琶湖全域におけるクロロフィルa濃度分布の季節変化を示した図です。琵琶湖の植物プランクトン現存量が季節的に大きく変動している様子がわかります。
温暖化が大型淡水湖の循環と生態系に及ぼす影響
温暖化にともなう湖底での低酸素水塊の発生メカニズムと生態系への影響を研究しています。琵琶湖北湖の水深80 m以深の湖底付近では,秋から初冬にかけて大規模な低酸素水塊が形成されます。このような大規模な現象を把握するためには,さまざまなアプローチが必要で,船舶観測や係留観測,室内実験などを行い,研究を進めています。
実習調査船「はっさか」で琵琶湖北湖を調査する様子です。係留実験系を設置して植物プランクトンの光合成速度を測定したり,バンドーン採水器で湖水を採水したり,湖底堆積物を採取したりといった様々な調査・観測を行います。
河川・湖沼におけるシリカ循環の生物地球化学過程に関する研究
天然水中のケイ酸塩(溶存シリカ)は,珪藻(植物プランクトン)の必須栄養塩です。停滞水域(ダム等)の増加と,窒素・リンの負荷増大にともなう珪藻の増加は,珪藻による溶存シリカの吸収・沈降・堆積を増大させます。その結果,陸域から沿岸海域への溶存シリカの供給量が減少し,海洋生態系を支える植物プランクトン種組成に変化(珪藻類から非珪藻類が優占)が起こるという可能性が示唆されています。これは「シリカ欠損仮説」として,近年問題視されており,陸水域におけるシリカの動態を把握することは重要な課題となっています。そこで,本研究室では,琵琶湖とその集水域を対象として,シリカシンクの規模の変動過程とそれに影響を与える因子を調べています。
シリカ欠損仮説の概略図です。図中のDSiとBSiは,それぞれ,溶存シリカと珪藻に取り込まれた生物態(粒状態)ケイ素を示しています。また,Si/N比はケイ素と窒素の比です。